北海堂本舗

蝦夷リスが出来事を忘れないようにメモします

はねバド!15巻感想、見えていたけど見たくなかった結末

ネタバレあるので注意

 

前巻の14巻から始まったインターハイ準決勝、羽咲vs志波姫、続きがずっと読みたかった

私は作中で志波姫唯華という選手が好きだった。

強豪校のキャプテン、頼れるリーダー、明るい性格、そして基本を地でいくプレイスタイル、全てが魅力的だった。

彼女は非常に頭が良い、常に相手を分析して1番嫌がりそうなことをするどちらかというと受け身型の選手だそんな彼女が自分からジャンピングスマッシュを打ったのだ、このシーンでまず一回泣ける、仲間のために貫いてきた姿を仲間に叱咤激励されて、仲間とそして自分のために変えたのだ。そしてこのスマッシュに至るきっかけも非常に、本当に良い。こういうのに弱いんだ私は。何を言ってるかわからない人ははねバドよんでくれ

私は試合に引き込まれ必死にページをめくり続けた。物語の進行上、志波姫が負けることは明白だった。読む前からわかっていたし、本当にそのページに辿り着きたくなかった。しかしながらそこで読むことをやめて志波姫と羽咲の試合を永遠のものにするのはもっとできないことだった。

第70話、デュースの状況、羽咲が放った隠し球、志波姫はそれまでこそ翻弄されていたもののついに読み切った。迫る打球を志波姫は、返した。鳥肌が立った。

そして

美しかった。

濱田先生は一瞬を切り取るのが上手いと心底思った。見たくなかった志波姫の高校選手としての結末を見た私の心は悔しくも、なぜか少し、晴れやかだった。作中でこの先が語られることはなさそうであるが(インターハイ後の話はやるのか?)きっと彼女はこれまで通りやっていくのだろう。

志波姫唯華という選手に称賛を贈りたい。

 

読み終えた私の手はまだ熱かった。

はねバド!、読んでください

 

発信力と承認欲求の話

自分みたいな奴がこんなこと言うのもあれですがTwitterで人に見てもらえるようになるのって運要素によるところが大きいと思うんですよ。で、ちょっとでもその確率を引き上げるのが発信力、≒フォロワー数。

今まで何度も意図的に相互アカウントなどをフォローする事で自分の絵に対する評価あげようと考えたことあるんですけど(ひじょうにあさましい)すぐやめちゃって結局こんなまま月日が流れてしまってやっぱりまたおんなじ事を考えてしまう時期になってしまってるんですよね。

実力が伴ってないのは頭で理解しててもやっぱり絵の壁打ち状態は心が受け付けない(ごうよくなので)。

やっぱりTwitterでは相互増やしてつながりを作る事で発信力を磨かないとチャンスそのものも回ってこないんですかね?まぁ増やしてどうなるかもわかりませんがやっぱりそうやって絵の伸びを増やしてる人見るとたまに濁ってしまうので悩むんですよ。

プライドが高いので相互増やし目的でフォロー飛ばすのは嫌だけどやっぱりいいねリツイートは欲しい、このジレンマの解決が難しい。いやわかってるんですよ絵は年単位でみてく趣味だってのは。でもやっぱり精神衛生とプライドみたいなのの折衷案がなくてたびたび悩む、ここが一番心を無駄にすり減らすのしょうもないから無くしたいんですよ

まぁ多分人間、欲には底がないから安定100いいね乗ったら乗ったで100いいねかよとか思ってしまうんでしょうけど。

支離滅裂ですけど要するに相互目的でフォローフォロワー増やすのは有効なのかって事(絵の評価や仕事の面で)

エゴサで自分のツイート羅列されるのはやっぱり寂しいもので…

どうなんでしょう、ご意見お待ちしてます

 

 

Ps

関係ないけどいつもTwitterで仲良くしてくれる人には感謝しています。中学生くらいからずっとTwitterの作家さんとかが仲良くしてるあのコミュニティみたいなのに憧れていたので…

運び屋

 「ダーティーハリー」、「グラン・トリノ」でおなじみ映画監督兼俳優のクリントイーストウッドの最新作、運び屋見ました。ちなみに蝦夷リスは見よう見ようと思いながらも前述した2本の映画、どっちも見れてません、映画ファンとか言えないですね。

 

 さて、予告や映画サイトではさも重く、感動できる映画のように印象操作されていたように思いましたが内容はそんなことなかったですね。なんかどこまでも静かで、独りぼっちな、ロードムービーって感じました。話も目立った波があるわけではなく、さざ波のように淡々と進んでいく。頭使ってみないといけないタイプの映画。

 主人公はいかにもなステレオタイプのおじいさん、登場人物や場面に至るまでほとんどがすべてステレオタイプの象徴で構成された世界で起きる出来事、強いメッセージ性を感じました。たぶんこれはあえてやっているんだろうなって、変化とは真逆の世界像がこの映画を引き立てていました。家族との関係、周囲との関係、そしてアールじいさんの自己顕示欲との葛藤のようなもの、いろんな要素をこの静かな静かな作品の中でそっと混ぜ合わせたような作品。最後は刑務所というどこまでも閉鎖的な施設でのシーンで終わるというやるせなさのような無気力さのような何となく心もちが暗くなる終わり方のシーンづくりで、余韻がありました。アールおじいさんに一つの変化が起き、明るさを演出しつつもその場所が刑務所というのが物暗さを増してくるところ・・・

 すっごい期待をして見に行く映画ではないです。図書館に行って本の一冊でもよむかみたいな静かな気持ちで、夜に見たい映画だなって蝦夷リスは感じました。毎回毎回アクアマンとかランペイジみたいな脳みそドロドロ娯楽映画ばっか見ないでこういうのも大事だよなって思います。